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はなかみろうにん
濞かみ浪人
吉川 英治
Read 濞かみ浪人 (はなかみろうにん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 19,425 characters · 39 screens
奈落に捜す
奈落に捜す
『船が出るそうでございますから、そろそろ、お支度遊ばして』
茶屋の女中は、少し早めに、そう告げて来た。
『まだ、まだっ』
『もっと持って来いっ、酒を』
云う者もあるし、又、
『いやもう止めい。乗り遅れては一大事。殊に、殿の御書状を持っているのだし――それも何か、お急ぎの御用らしい』
『いくら急いでも、着く船は、着く日にしか着かぬぞ』
『まあいい。――おうい、数右衛門殿、貴公はもう身支度をしたがよいぞ』
数右衛門は、その前から、席を起って、支度にかかっていたが、何か探すように、帯を振ったり、膳を退けてみたりして、うろうろしている態だった。
『数右衛門。――何をしているのじゃ、何を』
『うむ……。無いのだ』
『何が?』
『殿の御書面が』
『えっ』
『立ってくれ』
『ほんとか、おい』
『慥かに――こう懐中に慥乎と――肌につけていたつもりだが』
『冗談ではないぞ数右衛門。お墨付を失ったりしたら、一閑に尻を持ち込まれた位な事ではすまぬぞ』
『ウム……そこを退いて見せてくれ』
『今、見たよ。……切腹ものだぞ、数右衛門』
『なければ、切腹だ』
『そう平気な面をして云うなよ。おい諸公、われわれだって、多少困るぞ』