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ひゃくあしちがい

百足ちがい

山本 周五郎

Read 百足ちがい (ひゃくあしちがい) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 28,491 characters · 56 screens

Aozora Bunko

又四郎の耳の奥のほうでは、ながいことその言葉が絶えず聞えていた。おしんじ、おしんじ、おしんじ……。それは晩夏の候に鳴く一種の蝉のこえに似ていた。

「五正家へ早飛脚をやらなければならない」彼はこう自分にいった、「早くしないと危ない、これだけは早くしないと、あの人はそんなこともあるまいが、しかし出府してみてまた嫁にいっていたり、双生児を産んだりしているとすると、うう、それは自分としても、そこまでは付合えない、早速、とにかく求婚だけ、ひとつ早飛脚で……」

あの親切な、心のこもった、痒くないところまで手の届く、みつ枝の温たかい世話ぶりを思いうかべながら、又四郎はまず、みつ枝とその父親とに求婚の手紙を書き、ついで、一世の勇気をふるっておかね嬢に謝絶の手紙を書いた。もういちど面会し、口頭で断わるほどの胆力は、とうてい彼にはなかったからである。

「――御側用人に仰せつけられ候」

こういう辞令が正式に発表された日、又四郎は帰国して初めて太虚寺へいった。

雪海和尚の墓はすぐにわかった。代々の住職の墓の並んでいる、若葉の樹々に囲まれた一画で、卵塔型の大きな墓石はまだ新しかった。