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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
Read 真珠夫人 (しんじゅふじん) by 菊池 寛 (きくちかん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 289,296 characters · 578 screens
六
「そうですか、それは失礼しました。僕は一昨年高等学校を出ました。貴君は。」
青年は初めて微笑を洩した。淋しい微笑だったけれども微笑には違いなかった。
「じゃ、高等学校は丁度僕と入れ換わりです。お顔を覚えていないのも無理はありません。」そう云いながら、信一郎はポケットから紙入を出して、名刺を相手に手交した。
「あゝ渥美さんと仰しゃいますか。僕は生憎名刺を持っていません。青木淳と云います。」と、云いながら青年は信一郎の名刺をじっと見詰めた。
六
名乗り合ってからの二人は、前の二人とは別人同士であるような親しみを、お互に感じ合っていた。
青年は羞み家であるが、その癖人一倍、人懐い性格を持っているらしかった。単なる同乗者であった信一郎には、冷めたい横顔を見せていたのが、一旦同じ学校の出身であると知ると、直ぐ先輩に対する親しみで、懐いて来るような初心な優しい性格を、持っているらしかった。
「五月の十日に、東京を出て、もう一月ばかり、当もなく宿り歩いているのですが、何処へ行っても落着かないのです。」と、青年は訴えるような口調で云った。
信一郎は、青年のそうした心の動揺が、屹度青年時代に有勝な、人生観の上の疑惑か、でなければ恋の悶えか何かであるに違いないと思った。