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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens

Aozora Bunko

どこへも、お行き先はないのか」

「じつは、仔細あって、当所の楠木殿を頼ってまいったのですが、今のような次第では、御門を訪うても、後日の禍いです。といって、ご推察どおり、この危地を、とっさに遁れ出る思案もなく」

「おう。それなら」

工匠は、ことばを弾ませた。

「てまえも、先ごろから御舎弟の龍泉どの(正季)のお屋敷に滞在中の者。一時、龍泉どのの内へお潜みなされては」

「して。そこもとは」

「てまえですか」

と、彼はまた、石段の根がたに、俯ッ伏せになっている動かない背中へ、眼をそそいでから。

「住吉の具足師柳斎という者です。じつはこの奥河内のお武家や龍泉どのにも、毎度御用を伺っておりますので、先ごろから武具の虫干しに、お手助けとして伺っておりますうち、ちょうど、この雨乞い祭り……」

言いかけて、また急に。

「いやいや、つまらぬお話などは、あとでもいいこと。ともあれ、龍泉どのまでおいであって、その上のご思案としては、どんなものです。一刻のまもここは物騒。そこへなら、てまえがご案内いたしますが」

救いの声だった。渡りに舟と、卯木は拝みたいような顔で頷いた。

「あとが危ない。