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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens
「婆さん。――使い屋は」
「土間で請状を待っておりますがの」
「そうそう。あい、請判を。……どうも、ご苦労さんよ」
商人らしく、こう請判と一しょに、飛脚屋の手へ小銭をにぎらせ、二階へもどると、何はおいてもと、まず封を切った。
長文で、しかも細字の書状である。――首の骨が疲れようほど、いつまでも見ていたが、読み終るとすぐ、膠鍋の下の炭火で、ぼッと、惜しみもなく焼きすてた。
そして、次には、自分の書きかけていた手紙までを、
「待てよ。そんな状勢では」
と、急に何やら考え直したらしく、それをも、ついでに、火としてしまった。
あとは、机に頬杖ついて、
「どうも、近いな。どうしても今年だな。……虫が知らせる」
と、呟いた。
そして、その遠心的な眼を独り春の雲に遊ばせていたが、ふと、裏の井戸釣瓶が鳴ったので、眸を落すと、井戸の側からも、白い顔が、ここの二階窓を見上げていた。
「柳斎さま。何を、お案じ顔でございますか」
「おや、卯木さんか」
柳斎は、頬杖を外して。
「えらいとこを、見られたな。なアにね、ここの二階から眺められる住吉の高燈籠や澪木など、えもいわれぬ景色なので、柄にもなく、歌の一つも詠んでやろうかと思ッてさ」