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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens
伏見天皇の正応三年三月。
おそろしげな武士三名が、騎馬のまま宮中へ馳せ入り、あっというまに、清涼の殿上へ土足であがっていた。
絵巻にある赤鬼青鬼のような鎧武者なのだ。中でも背の高い一人が女官をとらえて、「……天皇はどこに御寝か。つつみ隠すと、そッ首をぶち落すぞ」といった。
女官は歯の根も合わず「……中殿の東北にあたる“夜の御殿”でいらせられます」と答え、賊が走り去ったすきに、こけ転んで、天皇の御帳の内へ、かくかくと密奏した。
天皇はその夜、み后の弘徽殿におやすみだったが、あわてて女房衣を被かせ給い、ほかの一殿へお避けになられた。一方の兇賊たちは、お姿が見当らぬので、夜ノ御殿の辺で地だんだを踏んでいた。そのまに、宮中はもう上を下への大騒動となっていた。
皇后ノ宮の武士景正は、賊と渡りあって欄下に斬り落され、滝口ノ武者もたくさん寄って来て「そこぞ」「彼方ぞ」「逃がすな」と、台盤所から藤壺にまで屋鳴りが駆けわたっていた。
かかる間に、二条京極の警固五十余騎も馳せ参じ、賊は運のつきと思ったのだろう。夜ノ御殿へ逃げ入ッて、天皇のお茵を借り三人ともに腹切って死んでいた。