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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens
すると、すぐ後ろで、
「おじさん、お待ちよ!」
と、阿新の声がしていた。
「あっ?」右馬介は、驚いて振り向いた。
見ると、濠の向うで、逃げ惑っていた阿新丸の小さい影が、大竹やぶの竹の一つへ、凄い勢いで、よじのぼっていた。
竹が撓う。
竹にとまった雀のように、阿新の体は、濠の上で、ぶら下がった。
濠とはいえ、谷水の落ちてゆく、崖と崖との狭い幅しかないのである。――阿新は竹の弾力を測って、ぴょんとこっちへ跳んで来た。
「おうっ、和子様」
「柳斎」
「覚られましたな」
「うん、見つかった」
「や。その血は」
「わしは何ともない」
「でも、お体じゅう血まみれではありませんか」
「これは、かたきの血よ」
「えっ?」
「本間三郎の血だ。わしに嘘をいって、父君には会わせてもくれず、そのうえ父君をぐみの木河原へ曳き出して首斬りおッた憎いやつ。……わしはとうから、父君のあだを晴らさいでおこうかと狙っていたのだ」
「では、それを今」
「よい折と、三郎の寝所へ忍んで、仇の胸もとをただ一ト突きに突き刺した。……そしたら、そばに寝ていた女が、大声をあげたので、ほかの武士どももみな起き出し、つい、逃げばを失うて手間どった。