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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Read 私本太平記(五) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 252,330 characters · 505 screens
生きぬいてみせる!」
「――太守」
それは、廊の外へきていた金沢ノ入道崇顕の声だった。が、目もくれずに。
「お妻、むつら。酒を早よう持ってこい」
「はい」
彼女らが起つとふたたび、
「太守」
と、崇顕は、沈痛ないろを眉いっぱいにたたえて、ゆるしも待たず、内へにじり入ってきた。
「またも凶報でございました。新田勢およそ二万騎とか。はや、両三日中にはここへ迫るかもしれませぬ」
「また、負けたのか」
何か、遊戯の上の負け事みたいに高時はそう言ったが、やはり落胆は大きいのであろう。肩を落して、
「ふうむ……」
と、うつろに鼻腔を鳴らした。
ふと、崇顕は涙ぐんだ。
一族中の長老である。十五代の執権代、十二代の連署など、補佐の重職を歴任してきた彼だった。
だからこの金沢ノ老大夫には、ことし三十一歳となった人の恐れる相模入道高時も、まだ子供みたいな、言ってみるなら天真らんまん、幼いままなお人としか見えないのであった。
お気のどくな。
こんな世に、こんな家に、お生れなくば。
と崇顕は、いつもそうした同情につい先立たれる。
世評、ややもすれば、高時を暗君と見、また“うつつなき人”といったりして、一族御家人までが、腹のなかでは、軽んじているのだが、崇顕からみると、すべてそれは、高時自身の罪ではない。