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ずいひつ しんへいけ
随筆 新平家
吉川 英治
Read 随筆 新平家 (ずいひつ しんへいけ) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 213,575 characters · 424 screens
背ぼねが痛くならないうちは、「これやあ、三枚じゃあるまい」と、大きな眼を剥いていうことはまずない。
ぼくなどは、老獪である。もっぱら煙草をくわえ、苦吟の態にしておく。その晩の苦吟の態なるものの一つ。
風花にちら/\帰る屋島寺
夜はたちまち十時過ぎる。
夜の十一時に、別府行きの“こがね丸”へ乗船の予定である。「うっかりすると、時間いっぱいですよ」と、Oさんは冷静に人をおどかす。
みんな騒めき立って、おのおののトランクへ何やかや詰め始める。どてらを脱ぐ、オーバアを着こむ。ぬれタオルが後から見つかる。およそ男同士の旅館の立ち際ほど殺風景なものはない。たれか、富士川の平家を笑い、屋島の宗盛をあなずる者ぞ。
なんのこと、桟橋へ駆けつければ、こがね丸、二十分遅着とスピイカーが叫んでいる。おかげで、見送りの人々とは、深夜の埠頭に、惜別を尽すことができた。潯陽江頭の詩は嘘ではない。つい瀬戸内の向う岸へ、汽船のベッドで寝ながら行くのでさえ、埠頭の別れはへんにわびしい。
まもなく、こがね丸、桟橋へ着く。マ氏と握手する。マ氏、もう酔いざめか、しきりにハンケチで水洟を拭く。