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ずいひつ しんへいけ

随筆 新平家

吉川 英治

Read 随筆 新平家 (ずいひつ しんへいけ) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 213,575 characters · 424 screens

Aozora Bunko

といってくれる。「トラック、ありがたいですな」と実感のこもった返辞は春海さんだった。この人、ナッシュやクライスラーなどに乗ると、借りられた猫みたいに打ち解けない顔するが、トラックに乗せると、所を得たかの如く、大きく腕ぐみして、颯爽と満面を快風に吹かせてゆく。あるいは、とろんこに寝てしまう。よほど性に合うらしい。

ぼくらは町のハイヤーで先発。春海さんそのほかは、太田君のトラックを待つ。

ところで、その太田君には、ぼく戦時中に、木炭二、三俵の借りがあった。そのころ、太田君一家も、奥多摩に疎開しており、窮余の策、山林関係の同君から、炭をまわして貰ったが、まもなく相模原の竹ヤリ部隊に否応なく徴召されてしまった。それきりで、それからきょうの奇遇である。もっともその前後、夫妻の初めてのお子に、ぼくは名ヅケ親になっている。ま、名ヅケ代としておくかと、八年前の借りの帳消しなど、車中、考えながら行く。

疾走、一時間余。

山せばみ、道は悪くなり、日蔭の冷えが肌にせまる。

「もう、これから先は行けません」と、運転手君。ぜひなく、ぼくらも降りる。赤坂橋というのが、工事中なのである。