Japanische Klassiker mit Furigana
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おやはながめてかんがえている
親は眺めて考えている
金森 徳次郎
Lesen Sie 親は眺めて考えている (おやはながめてかんがえている) von 金森 徳次郎 (かなもりとくじろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 14.403 Zeichen · 29 Bildschirme
ただ環境のおかげで、神経質でなくなったことは拾いものだ。
中学校に転ずるのを機として、教育大学附属の中学校に入れて貰うことが出来た。私の家も、もとの焼けあとに小屋を作ることが出来た。昭和二十四年の夏頃になって、貧弱ながらも自分の家に住むことが出来た。いち早く、昔住んでいたひき蛙が数匹現われて、愛嬌を振りまいてくれることに喜びを感じた。植木類は、全部抜き去られてしまったが、芝草が少し残っているのに手を入れたら、いくらか増加した。ふと見ると、その昔山野からむしり取って来たノビルやヒメウズなどが、無価値の故に生き残っている。
その後六年の歳月が、比較的無事に経過した。博雄も、中学三年高等学校三年を無事に経過して、今年三月の二十日に附属の高等学校を卒業した。かえり見ると、兄妹四人はともかくも学校課程を終って、少しばかりの月給を貰う身となった。親の責任が特に軽くなったわけではないけれど、いずれも生れたてのあの柔かい肉塊に対して感じた責任感は、少し気軽になった。
だが博雄は、これから大学課程に入るのであり、入学試験も受けたには相違ないが、目下海山ともに不明である。