Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
おやばかにゅうどうき
親馬鹿入堂記
尾崎 士郎
Lesen Sie 親馬鹿入堂記 (おやばかにゅうどうき) von 尾崎 士郎 (おざきしろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 12.182 Zeichen · 24 Bildschirme
生活の惨苦に沈む世の親たちが愛し子を殺す心の切なさが今こそ、しみじみとわが心に迫る。私の幸福は、わが子への愛情の中に穢れの意識をまじえないことにある。妻は私にとっては神様だ。ときどき手を合せて拝みたい気もちのするのも、悪しき情慾の奴隷となって、のたうち廻った思い出のなせる仕業とのみはいえまい。何に対しても無鉄砲で、放胆で、自分勝手だった私は、いつのまにか臆病になり、小胆になり、生きることのおそろしさに身の毛がよだつようである。一枝は、「オッパイ」という言葉をやっとおぼえた。この愛すべき唇が恋愛の嘆きのために濡れるころまで私は生きているであろうか。過去の悪業への罪の意識は夢にまでも私に襲いかかる。わが子よ。お前を産んだ、おろかなる父が、お前への愛情故に、かくのごとく悩み苦しんだということを忘れてはなるまい。云々」
私の親馬鹿は、このへんから端を発しているらしい。その後、数年経って私は長女が小学校へ入学したとき、『親馬鹿の記』という随筆を書いた。
これは親ごころの阿呆らしさに解説を加えたものであるが、まだ三十をすぎて間のない私は、身体も健康だったし、前途は洋々たる希望と野心にふくれあがっていた。