Japanische Klassiker mit Furigana
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おやばかにゅうどうき
親馬鹿入堂記
尾崎 士郎
Lesen Sie 親馬鹿入堂記 (おやばかにゅうどうき) von 尾崎 士郎 (おざきしろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 12.182 Zeichen · 24 Bildschirme
いよいよ自分の文学的生涯も、これで幕をとじたというかんじなのである。当時の私には、そういう誇張した感情にも、ぬきさしならぬものがあった。
私は、東京にいる頃からそうだったが、まだ女房と二人で映画を見たということは一ぺんもない。
それが追放令をうけとった直後、自分の出てくるニュース映画を見ようというのであるから感激は一層ふかい。鈴木君が帰ると私たちは傘をさして、ゆっくりゆっくり川ぞいの道を歩きながら街へ出た。女房の腹は、もうあと一週間で出産というところまで来ている。街の産婆たちは、みんな生れるのは女の子にちがいないといっていた。
川ぞいの道を街へはいるまで、私たちは一つの傘の中にはいり、私はうしろから彼女の肩を抱えるようにして歩いた。何となく、うらぶれた思いでもあるが、夫婦の情愛というものをこれほどしみじみとかんじたことはない。
映画館に入ると、私たちはいちばん隅の空席に腰をおろした。戦争前につくられた志賀直哉原作の『赤西蠣太』という時代物が終ったところである。使い古してすりきれたフィルムの動きまでが、うらぶれた自分の姿にふさわしい。
それから、すぐニュース映画がはじまった。