Japanische Klassiker mit Furigana
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きつねつき
ちくま日本文学012 中島敦
Lesen Sie ちくま日本文学012 中島敦 (きつねつき) von Nakajima Atsushi (中島 敦) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 9.136 Zeichen · 19 Bildschirme
たちまち、一人の女の眼が、孔雀石の粉を薄くつけた顔が、ほっそりした身体つきが、彼に馴染のしぐさと共に懐かしい体臭まで伴って眼前に現れて来た。ああ懐かしい、と思う。それにしても夕暮の湖の紅鶴のような、何と寂しい女だろう。それは疑もなく、彼の妻だった女である。
不思議なことに、名前は、何一つ、人の名も所の名も物の名も、全然憶出せない。名の無い形と色と匂と動作とが、距離や時間の観念の奇妙に倒錯した異常な静けさの中で、彼の前にたちまち現れ、たちまち消えて行く。
彼はもはや木乃伊を見ない。魂が彼の身体を抜出して、木乃伊に入ってしまったのであろうか。
また、一つの情景が現れる。自分は酷い熱で床の上に寐ているらしい。傍には妻の心配そうな顔が覗いている。その後には、まだ誰やら老人らしいのや子供らしいのがいる様子である。ひどく咽喉が渇く。手を動かすと、すぐに妻が来て、水を飲ませてくれる。それからしばらく、うとうとする。眼が覚めた時は、もうすっかり熱がひいている。うす眼をあけて見ると、傍で妻が泣いている。後で老人達も泣いているようだ。急に、雨雲の陰が湖の上をみるみる暗く染めて行くように、蒼い大きな翳が自分の上にかぶさって来る。