Japanische Klassiker mit Furigana
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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
Lesen Sie 夏の花・心願の国 (なつのはな) von 原 民喜 (はらたみき) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 152.816 Zeichen · 310 Bildschirme
これはまるで訳のわからぬことだった。
「よく腹を立てるから腹にしこりが出来たのかな」彼はふと冗談を云っていた。
「この頃ちょっとも腹は立てなかったのに」と妻は真面目そうに応えた。そのうちに、妻は口の渇きを訴えて、氷を欲しがった。隣室で母親は彼に小声で云った。
「もう唾液がなくなったのでしょう」
それから母親は近所で氷の塊りを頒けてもらって来た。氷があったので彼は吻と救われたような気がした。氷は硝子の器から妻の唇を潤おした。うとうとと眼を閉じたまま妻の痛みはいくらか落着いてくるようだった。
夜はもう更けていた。彼は別室に退いて横臥していた。が、暫くすると母親に声をかけられた。
「お腹を撫でてやって下さい。あなたに撫でてもらいたいと云っています」
彼は妻の体に指さきで触れながら、苦しみに揉まれてゆくような気がした。妻の苦しみは少し鎮まっては、また新しく始って行った。彼は茫とした心のなかに、熱い熱い疼きがあった。これが最後なのだろうか。それなら……。だが、今となってはもう妻にむかって改めてこの世の別れの言葉は切りだせそうもなかった。言い残すかもしれない無数のおもいは彼のなかに脈打っていた。