Japanische Klassiker mit Furigana
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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
Lesen Sie 桜の実の熟する時 (さくらのみのじゅくするとき) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 111.569 Zeichen · 222 Bildschirme
多くの他の少年が親の膝下でのみ許されるような我儘は全く彼の知らないものであった。まだそれでもお父さんの生きているうちは、根気よく手紙をくれて、少年の心得になるようなことや、種々な郷里の方のことや、どうかすると嫂が懐妊したから喜べというような家庭の中のことまで、よく書いてよこしてくれた。お父さんが亡くなったことを聞いたのは、彼が十三の歳であった。お父さんの最終にくれた手紙には、古歌なぞに寄せて、子を思う熱い親の情が書き籠めてあったが、それからはもう郷里の方のこまかい事情を知らせてよこしてくれる人もなくなった。お母さんからも遠くなった。漸く物心づく年頃になって、彼は一年ばかりも郷里の方のお母さんの側に居て来て見たいと言出したことがある。「貴様も妙なことを考える奴だ」と田辺の小父さんから笑われたことがある。どうも自分の性質はひねくれるような気がして仕方がないと言って見て、「馬鹿、学問を中途で止めて親の側に居て来るという奴があるものか」とまた小父さんから酷く笑われたことがある。捨吉がお母さんの側にでも居て来て見たいなぞと言出したのは、後にも前にもその一度きりであったが。