Japanische Klassiker mit Furigana
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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Lesen Sie 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) von 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 145.078 Zeichen · 285 Bildschirme
「はい、七月二十九日だとうかがいました」
甲斐の子四人、長男の帯刀、帯刀の子の采女(五歳)伊織(当歳)。また二男で飯坂家の養子になった仲次郎、三男で平渡家の養子になった喜平次、剣持家へ養子にいった四男の五郎兵衛、以上は切腹になった。船岡の館は闕所、家老の堀内惣左衛門は甲斐に殉じて自殺した。――宇乃は帯刀の妻と娘に付いて松山にゆき、そこで惣左衛門の殉死を聞き、慶月院の死を聞いたのである。罪科に仰せつけられた身の上なので、慶月院の死を弔いにゆけなかったのはやむを得ないが、堀内惣左衛門の死はいたましかった。
惣左衛門は原田の家名を遺すよう、伊達の一家一門、老職にまで繰り返し訴えた。伊達家にあって、原田は由緒も格別であるし、代々忠勤のほまれも高い。甲斐の乱心による罪は重いであろうが、伊達家草創よりの家柄をおぼしめされ、せめて家名だけでも続くように、お慈悲の沙汰を願いたい。そういう意味の嘆願であった。このあいだ、惣左衛門は毎月二度ずつ、船岡の菩提寺である東陽寺に、一七日の仏参を続けたが、六月十日、帯刀兄弟四人と、二人の幼児までが死罪になったと聞いて、同じ十六日、甲斐に殉じて死んだのであった。