Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記 (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 126.598 Zeichen · 254 Bildschirme
「御遠方から、わざわざおいでなすったかの」
煮売り茶屋のおやじの世辞をうけて、元成は、さりげなく。
「はい。伊賀の小美濃太夫とやらの申楽能は、どんなかと思いましてね」
「それやもう、えらい評判での。めったに見られまいと、古市や高安の遠方からさえ、この通りな人出でございますわ」
古市と聞いては、忘れていた怯えや傷みが、すぐ夫婦の胸を打っていたにちがいない。元成は、銭をかぞえて、床几の端へおいていた。
「もうそろそろ、舞殿の始まる時刻でしょうな」
「いえいえ。申楽能の前には、楽座囃子が鳴りますで、それからでも、ごゆるり間にあいまする」
どっぷり暮れて、夜は、赤い斑な闇になった。
やがて、峰の上で、太鼓、笛、鈴が聞える。人々の黒い影が、先を争ってまた石段を上っていた。夫婦もすぐそこを出た。――そして二、三段、踏みかけたときである。
さっきから同じ葭簀の蔭で、濁み酒をひっかけていた町人ていの、でっぷりと肥った恐らしい男が、さっと追って来て、
「もし」
と、けんのある声でよびとめた。
「おお、ちげえねえ。おまえさんは、古市にいた舟芸人の雨露次の女房、たしか卯木さんと仰っしゃいましたね」