Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記(一) (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 246.214 Zeichen · 495 Bildschirme
「――いるはずはない。南無三、たれもいるわけはない」
呟いたものの、それは些かも彼の不安をなだめるものにはならなかった。彼は気を研ぎすまして、後へもどった。そして、朽ち荒れた雪見ノ亭の破れ廂やら、そこらの物蔭へ、つぶさな眼を凝らしはじめた。
すると、その眼はすぐ、廃屋の濡れ縁に佇んでいた不幸な者を見つけた。――不幸なとは、とっさに、高氏が持ッた思いだった。すぐ自分の心に殺意がひらめいたからである。
しかし、女は逃げもしない。怖らくは、獣が小鳥に迫るような害意にみちた彼の眼光が、じわじわ彼女へ近づいていたろうが、魅せられてでもいるように、彼女はうっとり迎えていた。
「おうっ、そなたは」
高氏が仰天して言ったとき、彼女も初めて、ぶると、全身を戦慄につきぬかれた。
それは本能的に動作しかけたものを、一瞬、抑止したような姿に見えた。が、それに代る凝視の眼もとから、涙のすじが、さんぜんと、白い面を濡らし、微かにわななきを刻む唇を、今にも咽せ破りそうにしていた。
「ふ、ふじ夜叉。……そなたは、藤夜叉ではないか」
「小殿」
彼女は、やっと、言いえたように。
「お忘れではございませんでしたか」