Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記(一) (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 246.214 Zeichen · 495 Bildschirme
ことしは、元徳二年。
その三月十二日だ。
すぐる三日間にわたる天皇の南都行幸は、聖武の帝の御願いらいな車駕の盛事といわれ、奈良の霞も、埃に黄ばんだ程だった。もちろん、供奉の公卿百官から滝口(近衛兵)の甲冑まで、洩るるはなき鹵簿であったが、俊基朝臣だけは、天皇のお還幸を仰いだ後も、あとの残務にとどまるものと見せて、じつは飄然、絵所の一絵師と名のって、その旅姿を、ひとり河内路へそれて来たものだった。
もっとも、正中ノ変で、いちどは鎌倉表まで、さしたてられた経歴さえある日野俊基は、これを幕府側から見れば、野に放ッておくにしても、つねに眼の離せぬ前科者であり、注意人物だったのはいうまでもない。
また、朝廷でも、幕府をはばかッて、以後は彼の蔵人の職を罷めさせ、前の右少弁にもどして、その官籍も、政事にかかわりのない絵所の一員に移す――とはしていたのである。
が、絵所の弁殿の志士的な気概は、昂まりこそすれ、怯んでなどいなかった。鎌倉の喚問に遭って帰った後は、むしろ一ばい、その反幕精神は、熾烈なものになっている。
その点、従者の菊王もまた、しかりだった。
彼は、俊基が鎌倉へ曳かれた折、主から見込まれて、河内の楠木正成宛の一書を托され、それは首尾よく、その人の手へとどけていた。