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Japanische Klassiker mit Furigana

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おやばかにゅうどうき

親馬鹿入堂記

尾崎 士郎

Lesen Sie 親馬鹿入堂記 (おやばかにゅうどうき) von 尾崎 士郎 (おざきしろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 12.182 Zeichen · 24 Bildschirme

Aozora Bunko

前述の『親馬鹿の記』の中で、私は次のごとき感慨をもらした。

「前には子供が四つか五つの頃まで、どうにも父親としての決心がつきかねて困っていたが、今となると押しも押されもしない父親である。この分でゆけば子故の闇に迷うという芸当だって、それほど至難ではなさそうである」

このような太平楽を、何の屈託もなしに平然と口にすることのできた自分の浅墓さに私は憤りをかんじないではいられぬ。

この気持を明かにするためには、十六年振りで長男の俵士が生れたときの私の環境がどんなものであったかということを先ず説明しなければならぬ。私は当時(昭和二十三年)伊東に疎開したまま、すでに六七年ちかい年月を過していた。私の胃潰瘍は極度に悪化し、日夜、死の危険におびやかされているとき、だしぬけに時の内閣官房長官西尾末広名儀による追放令書が通達された。

私は、そのことを格別気にしてはいなかった。むしろ、これで、やっとしめくくりがついたという気持が、今まで心の一隅にうごめいていた処理のつかぬ感情を根こそぎに払いのけて、自分でも不思議なほど、どっしりとした落ちつきが、一日ごとに私の生活の上にあらわれていた。