Clásicos japoneses con furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lee 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 122.971 caracteres · 246 pantallas
第二十
維新の後再び南総に遊び、夷隅郡布施村に学舎を興して子弟の教育に晩年を送り、明治十六年十二月某日その寓居に没した。時に年六十七であった。楓江の伝は『事実文編』第七十六巻に載せられた重田保の「嶺田翁寿碑銘」および林天然氏の『房総の偉人』に詳である。
第二十
毅堂が『薄遊吟草』所載の作の第三首目に「逢春」と題して「予時年二十七。」と註を施した七律がある。毅堂は嘉永四年辛亥の年二十七歳の春を房州の客舎に迎えたのである。律詩の前聯に「逢迎到処忘為客。得失従来嬾問天。」〔逢迎到ル処客為ルヲ忘レ/得失従来ヨリ天ニ問フニ嬾シ〕と言っているのを見れば、毅堂は行く先々でその土地の人々から大に歓迎せられたものらしい。この律詩は後年植村蘆洲、真下晩菘の二人が編纂した『六名家詩選』に採録されているが、それには「客舎逢春予時年二十八。」〔客舎春ニ逢フ予時ニ年二十八〕となされている。わたくしはそのいずれに従うべきかを知らない。
鈴木松塘の『房山楼集』辛亥の部に松塘は谷向村なるその家にあって、毅堂と共に「八新詩」を賦したことが見えている。また「人日文郁ニ示ス。」と題した七律がある。