Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lee 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 122.971 caracteres · 246 pantallas
第二十三
十一月冬至の日、小原鉄心が今年もまた去年の如く溜池の屋敷に詩筵を催した。招かれた賓客の中に毅堂湖山枕山も加っていた。
第二十三
嘉永七年甲寅の歳枕山は三十七歳、毅堂は三十歳になった。
枕山が「元日下谷幽居」の作に、「乞詩人聚小梅傍。潤筆有贏銭満嚢。一任故人誇厚禄。我家春色未淒涼。」〔詩ヲ乞ヒテ人小梅ノ傍ニ聚マリ/潤筆贏リ有リテ銭嚢ニ満ツ/一任ヨ故人ノ厚禄ヲ誇ル/我ガ家春色未ダ淒涼ナラズ〕枕山の声名は年と共にいよいよ顕われ門人も次第に多くなって、生計も従ってやや豊かになったのである。
弘化二年の夏梁川星巌が江戸を去り、菊池五山、岡本花亭、宮沢雲山ら寛政文化の諸老が相継いで淪謝するに及び、枕山はおのずから江戸詩壇の牛耳を執るに至ったのである。しかし嘉永安政の世は文化文政の時の如く芸文に幸なる時代ではなかった。枕山が時世に対する感慨は「春懐」と題する長短七首の作に言われている。その一に曰く、「化政極盛日。才俊各馳声。果然文章貴。奎光太照明。上下財用足。交際心存誠。宇内如円月。十分善持盈。耳只聴歌管。目不見甲兵。余沢及花木。名墅争春栄。人非城郭是。我亦老丁令。