Clásicos japoneses con furigana
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「しなゆうき」
支那游記
Lee 支那游記 (「しなゆうき」) de Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 51.859 caracteres · 105 pantallas
尤もこの逆上の原因は、私の軽薄な根性の外にも、確に現代の支那その物が、一半の責を負うべきものである。もし※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)だと思ったら、誰でも支那へ行って見るが好い。必一月といる内には、妙に政治を論じたい気がして来る。あれは現代の支那の空気が、二十年来の政治問題を孕んでいるからに相違ない。私の如きは御丁寧にも、江南一帯を経めぐる間、容易にこの熱がさめなかった。そうして誰も頼まないのに、芸術なぞよりは数段下等な政治の事ばかり考えていた。
鄭孝胥氏は政治的には、現代の支那に絶望していた。支那は共和に執する限り、永久に混乱は免れ得ない。が、王政を行うとしても、当面の難局を切り抜けるには、英雄の出現を待つばかりである。その英雄も現代では、同時に又利害の錯綜した国際関係に処さなければならぬ。して見れば英雄の出現を待つのは、奇蹟の出現を待つものである。
そんな話をしている内に、私が巻煙草を啣えると、氏はすぐに立上って、燐寸の火をそれへ移してくれた。私は大いに恐縮しながら、どうも客を遇する事は、隣国の君子に比べると、日本人が一番拙らしいと思った。