Clásicos japoneses con furigana
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ぼくとうきだん
濹東綺譚
永井 荷風
Lee 濹東綺譚 (ぼくとうきだん) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 57.666 caracteres · 114 pantallas
小説の命題などについても、わたくしは十余年前井上唖々子を失い、去年の春神代帚葉翁の訃を聞いてから、爾来全く意見を問うべき人がなく、又それ等について諧語する相手もなくなってしまった。※(「さんずい+(壥-土へん-厂)」、第3水準1-87-25)東綺譚は若し帚葉翁が世に在るの日であったなら、わたくしは稿を脱するや否や、直に走って、翁を千駄木町の寓居に訪い其閲読を煩さねばならぬものであった。何故かというに翁はわたくしなどより、ずっと早くからかのラビラントの事情に通暁し、好んで之を人に語っていたからである。翁は坐中の談話がたまたまその地の事に及べば、まず傍人より万年筆を借り、バットの箱の中身を抜き出し、其裏面に市中より迷宮に至る道路の地図を描き、ついで路地の出入口を記し、その分れて那辺に至り又那辺に合するかを説明すること、掌を指すが如くであった。
そのころ、わたくしは大抵毎晩のように銀座尾張町の四ツ角で翁に出逢った。翁は人を待合すのにカフエーや喫茶店を利用しない。待設けた人が来てから後、話をする時になって初めて飲食店の椅子に坐るのである。それまでは康衢の一隅に立ち、時間を測って、逢うべき人の来るのを待っているのであるが、その予測に反して空しく時を費すことがあっても、翁は決して怒りもせず悲しみもしない。