Clásicos japoneses con furigana
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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
Lee 下谷叢話 (したやそうわ) de 永井 荷風 (ながいかふう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 122.971 caracteres · 246 pantallas
は梅痴の生れた国。「讃州」は菊池五山の郷国である。それ故詩集を送るについて五山の子息を煩すとの意であろう。文言の終りごとに「云々」としてあるのは梅痴一家の慣用語と見える。「大痴帰山の節」とあるのは梅痴の弟子に大痴というものがいたのであろう。
枕山は梅痴の書簡に言ってあるように、七月秋に入るを待ち、北総飯沼の寺に赴いた。『枕山詩鈔』丁未の集に、「梅痴上人ヲ訪フ途中ノ口占、門生桂林に示ス。」と題して、「蕭然野服便登程。一路看山不世情。応似淵明向廬岳。肩輿此添一門生。」〔蕭然野服便チ程ニ登ル/一路山ヲ看レバ世情ニアラズ/応ニ似ルベシ淵明ノ廬岳ニ向フニ/肩輿此ニ一門生ヲ添フ〕という絶句がある。この一門生は嘉永二年の冬に『飯沼詩鈔』一巻を編輯刊刻した増田存、号を桂林といった飯沼の人であろう。
枕山は飯沼に赴く途次、豊田郡水海道村を過ぎてその地の里正秋場氏を訪うた。秋場氏、名は祐、字は元吉、桂園と号して詩を枕山に学んだ。「丁未秋日枕山詞伯ノ訪ハルヽヲ喜ブ。」と題した七律が『名家詩録』に載っている。水海道は旗本日下氏の采邑で秋場氏は代々その代官をつとめていた。