Clásicos japoneses con furigana
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
Lee 堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (だらくろん(ぞくだらくろん)) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 84.198 caracteres · 171 pantallas
七月八日
小説家はその作品以外に自己を語りうるものではない。だから私は、この日記が、必ずしも作品でないということを、だから又、作品でもあるかも知れぬということを、一言お断り致しておきます。
七月八日(雨)
佐々木基一君より来信。「白痴」に就ての感想を語ってくれたもの。私が日記をつけてみようと思ったのは、この佐々木君の手紙のせいだ。佐々木君は「白痴」で作者の意図したことを想像しているのだが、実のところは、作者たる私に「白痴」の意図が何であったか、分っていない。書いてしまうと、作品の意図など忘れてしまう。
私はこれから、ある長篇の書きだしを書こうとしている。私がこの小説を考えたのはこの春のことだ。私はこの春、漱石の長篇を一通り読んだ。ちょうど同居している人が漱石全集を持っていたからである。私は漱石の作品が全然肉体を生活していないので驚いた。すべてが男女の人間関係でありながら、肉体というものが全くない。痒いところへ手が届くとは漱石の知と理のことで、人間関係のあらゆる外部の枝葉末節に実にまんべんなく思惟が行きとどいているのだが、肉体というものだけがないのである。そして、人間関係を人間関係自体に於て解決しようとせずに、自殺をしたり、宗教の門をたたいたりする。