Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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「しなゆうき」

支那游記

芥川 竜之介

Lee 支那游記 (「しなゆうき」) de Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 51.859 caracteres · 105 pantallas

Aozora Bunko

勿論上等な武劇の役者も、言葉通り風を生ずる程、青龍刀や何かを振り廻して見せる。武劇の役者は昔から、腕力が強いと云う事だが、これでは腕力がなかった日には、肝腎の商売が勤まりっこはない。しかし武劇の名人となると、やはりこう云う離れ業以外に、何処か独得な気品がある。その証拠には蓋叫天が、宛然日本の車屋のような、パッチばきの武松に扮するのを見ても、無暗に刀を揮う時より、何かの拍子に無言の儘、じろりと相手を見る時の方が、どの位行者武松らしい、凄味に富んでいるかわからない。

勿論こう云う特色は、支那の旧劇の特色である。新劇では隈取りもしなければ、とんぼ返りもやらないらしい。では何処までも新しいかと云うと、亦舞台とかに上演していた、売身投靠と云うのなぞは、火のない蝋燭を持って出てもやはり見物はその蝋燭が、ともっている事と想像する。――つまり旧劇の象徴主義は依然として舞台に残っていた。新劇は上海以外でも、その後二三度見物したが、此点ではどれも遺憾ながら、五十歩百歩だったと云う外はない。少くとも雨とか稲妻とか夜になったとか云う事は、全然見物の想像に依頼するものばかりだった。