Clásicos japoneses con furigana
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
Lee 法然行伝 (ほうねんぎょうでん) de 中里 介山 (なかざとかいざん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 66.110 caracteres · 131 pantallas
十五
ただこれ涯分の自証を述ぶるばかりなり。またく上機の解行を妨げんとにはあらず。
という謙譲なる註釈を以てその席は終った。座主をはじめ満座の衆皆心服して、
かたちを見れば源空上人。まことは弥陀如来の応現かとぞ感嘆しあえりける。
法印香炉をとり高声念仏をはじめ行道したもうに。大衆みな同音に。念仏を修すること三日三夜。こえ山谷にみち。ひびき林野をうごかす。信をおこし縁を結ぶ人おおかりき。
と「御伝」の本文にある。
以来顕真法印は専修念仏の行者となり、念仏勧進の書を作り、又自身もその一人となって十二人の衆を置き、文治三年正月十五日より不断念仏を勝林院に行い、地内に五房を建て、その門下又夫々各所に念仏を宣伝し、俊乗房重源は上の醍醐に無常臨時の念仏をすすめ七カ所に不断念仏を興立し念仏の事業愈々隆盛の勢を示したのは大原問答の後のことである。
十五
慈鎮和尚(吉永僧正慈円)は法性寺忠通の子息であって山門の統領であり、名望一代に勝れた大徳であったが、この人も法然に就て念仏の行に帰し、法然を崇敬措かなかった。
妙香院の僧正良快は月輪殿の子息で慈鎮和尚のお弟子として顕密の学者であったがこれも法然の感化により浄土念仏に帰して初心の行者の為に念仏の肝要を記したものがある。