Clásicos japoneses con furigana
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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
Lee 法然行伝 (ほうねんぎょうでん) de 中里 介山 (なかざとかいざん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 66.110 caracteres · 131 pantallas
三
如何にもただ者ではないことが分る。そこで礼をしたのじゃ」と云われた。
後に忠通公の息月輪殿が上人に帰依深かった因縁もこの物語と思い合わされるものがある。
三
勢至丸は都へ入ってから、まず叔父の観覚得業の手紙を持宝房へ遣わされると、源光房がその手紙を見て、
「ハテ文殊の像一体とあるが」と不審がると使者が「いえ、文殊菩薩の御像を持参致したわけではござりませぬ。お稚児さんを一人連れてまいったのでございます」
そこで源光は早くも、この小児の聡明なることを察して迎えを遣わし、同じ月の十五日に叡山に登った。
叡山の持宝房についたから試みにまず四教義を授けて見ると籤をさして質問をする。疑う処皆古来の学者たちの論議した処と同じである。まことにただ人ではないと皆が申し合った。この子の器量が同輩に過ぎたる名誉を知って源光は「おれは魯鈍の浅才であるから、この子の教育の任に堪えぬ。然るべき碩学につけてこの宗の奥義を究めさせなければならぬ」といって久安三年四月の八日にこの子を引連れて功徳院肥後阿闍梨皇円の許に入室させた。
この皇円阿闍梨は、粟田関白四代後の三河権守重兼が嫡男であって、少納言資隆朝臣の長兄にあたり、椙生の皇覚法橋の弟であって、当時の叡山の雄才と云われた人である。