Clásicos japoneses con furigana
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ずいひつ しほんたいへいき
随筆 私本太平記
吉川 英治
Lee 随筆 私本太平記 (ずいひつ しほんたいへいき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 56.947 caracteres · 114 pantallas
理由はいろいろあるがやはり太平記そのものの持つ特異な性格にほかならない。
太平記は即、南北朝記といってよい。中世から近世への中間に横たわっている日本史中の一大史嶺にさぐり入って、ことこまかに描破し脚色していったものである。だが一般の概念だと、その史嶺は源語や平語の時代よりもなにかはるか遠くにかすんで見えるのであるらしい。つまり身近に寄ってこないのだ。天皇後醍醐も側近三房の名も、また足利尊氏も楠木正成も、すべてその中の人間までが、源氏の葵の上や平家の清盛などよりも不鮮明で硬化していて、他人の感を否みなくされるばかりか異質な抵抗感すらしないではない。それというのが、とかく太平記がかつての天皇制や軍国主義の面だけに謳歌され、文学としての位置や本質的な読みかたはむしろ邪道とされていたからだった。その余弊で、今日といえまだほかの古典研究にくらべると学問的にもいちばん解きほぐされていない謎や課題にみちているのが太平記というこの一大古典なのではあるまいか。
私はここ二年ほど、まだ続掲中ではあるが、新聞小説の欄で、「私本太平記」というものをこころみている。小説の読者へよませる素材としてはいろんな不利な条件も知っての上の仕事であった。