Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
やまをおもう
山を思う
石川 欣一
Lisez 山を思う (やまをおもう) de 石川 欣一 (いしかわきんいち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 79 814 caractères · 157 écrans
靴は、素足では痛いからはくのである。登山服は、普通の背広よりも丈夫で、且つ便利だから着るのである。アイスアックスは手が淋しいから持つのではなく、急な雪渓にステップを切る必要があるから持つのである。
服装は人の心を支配する。都会にいる時には、椅子に腰をかけるにもズボンの折目を気にする人も、山に入れば古ズボンをはいているのだから、平気で土の上に膝を折る。また、如何に新しい登山服を着ていても、「この岩の横裂面は、四つ匐いにならなくては通れぬ」とすれば、ズボンなどは構っていられなくなる。命にかゝわるからである。
服装、準備、その他がすべて必要品だけであるから、登山者も、必要品だけを使用して必要なこと丈を行い、必要なこと丈を考える。六カ敷く言えば原始的になる。瀬戸引のコップ一つが水飲みになり、汁椀になり、茶碗になり、ある時は傷を洗う盤になる。一本のナイフが肉を切り、枝を切り、独活の根を掘り、爪を切る。一着の衣服が寝間着になり、昼着になる。山中で人に逢えば即ち訪問服となる。これ等はみな人類の先祖がやっていたことである。
更に疲れたらどこでも構わず腰を下し、小便がしたかったらどこへでもジャージャーやる自由さ――人間としては当然のことであるが、文明人としてはゆるされていない。