Classiques japonais avec furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Lisez 私本太平記(一) (しほんたいへいき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 246 214 caractères · 495 écrans
彼女の、みち足りたかのような眸に、現はまだ完全に還っていない。しどけない黒髪の肩を、半ば起しかけながらも、
「小殿、もいちど抱いて。……いつまでも、こうしていたい」
うわ言のような甘えを口走って、まだ、消えやらぬ夢を追っていた。
高氏は急に、袖や袴の枯れ松葉を打ち払った。ついでに、彼女の手をも払い退けて、
「もう、夜もおそい。帰らねば」
と、露骨に言った。
その素気ない物言い振りには、腹立たしいばかりな、男の自己嫌悪がかくされていた。
初めての伊吹の夜には「……酒がなせる業だ」と自分をあざむく口実も持てた。しかし今夜は、酒のせいではない。
それと、あの初めての夜の藤夜叉は、自身に加えられた男の行為に、恐れと、悲しみと、憎しみの涙ですらあったのに、今夜の彼女は、その復讐を果しているのか、まるで以前の彼女とは、息吹がちがう。
あの頃よりも熟れた女体は、男をとらえて、男の怯みや困惑も、快げに見ているような残忍さである。
その淵に、高氏は溺れた。酒のせいでもなく、あきらかに、自分が自分に負けたのだと思った。……それが自分の厭わしくなる所以だった。
「たれにも黙って、夕刻、屋敷を出たばかり。