Classiques japonais avec furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Lisez 私本太平記(五) (しほんたいへいき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 252 330 caractères · 505 écrans
彼は怯えにふかれ、泳ぐがごとく逃げに逃げた。
すぐあとの女のさけびは、侍女の南の御方があげた驚きにちがいあるまい。――宮のおこたえもないぬりごめの内の異状を知り、狂気のように走り出て、怪しい風のごとき者を夢中で追いかけ転んでいたものとおもわれる。
また時を措かず、近くの理智光院の外にも僧の影がわらわらみえ、南の御方と一しょになって曲者を追っかけていたが、降ッてわいた一瞬の出来事ではあり、時はあかつきまぢかな漆の闇、それに鎌倉じゅうは無人寥々なさいであったから、この騒ぎにもほかには出で合う人影などまったくない。
だのに、淵辺は、ひどく逃げとまどっていた。
小わきにかかえた宮のお首も、いく度となく血ぬめりに持ち辷っては下へ落し、拾ってはまた持ち直した。そしてそのたびお首の重さが増すような不気味におそわれているふうだった。
おかしなことである。
淵辺伊賀守ほどな荒武者であるのに、血は戦場で見なれているのに、どうしたのか、血に酔った気味で、彼が抱いている首よりは、彼の生きている首のほうが、この世のものでないような面色だった。彼にはあらい呼吸があるだけで、たえまなく後ろへキョトつき、何か追ってくる白いものが踵から離れぬような恐怖に憑かれているらしい足つきなのだ。