Classiques japonais avec furigana
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めいせつじじょでん
鳴雪自叙伝
内藤 鳴雪
Lisez 鳴雪自叙伝 (めいせつじじょでん) de 内藤 鳴雪 (ないとうめいせつ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 192 693 caractères · 377 écrans
一〇
これは大島郡討入の際上陸した幕府兵は散々民家に向って乱暴をした。我藩の如きも乱暴はしなかったが、陣地の防衛のために、幾らかの民家を焼いたことがある。それを大島郡の人民は非常に恨み、かつ幕兵と我兵との区別を知らぬから、総ての乱暴を我藩でしたのだと思っている。そんなことが、漸々と聞えていたので、これらの弁解や挨拶として使者を立てるという口実であったのだ。けれども実は彼の攻め来るのをいささか緩和する方便であったことは勿論だ。これはモウ頼みにならぬ幕府を戴く孤立の藩としてはやむをえぬ状態であったのだ。が、この使者一件は藩主の方で主として決定せられたものであるから、世子は後で段々聞かれたものであるように思われる。
一〇
翌慶応三年正月、長州の使者として林半七が来たので、我藩では、三津浜に迎えて応接した。その使命は、第一に俘虜の交換、第二に我藩の向背を尋ねるというのであった。俘虜というと仰山だが、前年大島討入の際、彼の士分一名を捕え帰った。また我藩では世子の小姓の菅沼忠三郎というが内命を佩びて九州方面へ使者に行ったのを、馬関海峡で長州巡邏船で捕えた。そこでこの両人を交換するのであるが、それよりも主なる問題は、前年我藩から内使を以て大島討入の際、民家を焼いた事の挨拶、裏面には彼の復讐兵を向けるのを緩和するためであった、