Classiques japonais avec furigana
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ものおもうあし
もの思う葦
Lisez もの思う葦 (ものおもうあし) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 20 430 caractères · 42 écrans
慈眼
」なる一句があった。前後はしかと覚えて居らぬが、あわれ、けだものすらだにも、云々というような歌であった。
二十代の心情としては、どうしても、「すらだにも。」といわなければならぬところである。ここまで努めて、すらだにも、と口に出したくなって来るではないか。実朝を知ること最も深かった真淵、国語をまもる意味にて、この句を、とらず。いまになりては、いずれも佳きことをしたと思うだけで、格別、真淵をうらまない。
慈眼
「慈眼。」というのは亡兄の遺作(へんな仏像)に亡兄みずから附したる名前であって、その青色の二尺くらいの高さの仏像は、いま私の部屋の隅に置いて在るが、亡兄、二十七歳、最後の作品である。二十八歳の夏に死んだのだから。
そういえば、私、いま、二十七歳。しかも亡兄のかたみの鼠色の縞の着物を着て寝て居る。二三年まえ、罪なきものを殴り、蹴ちらかして、馬の如く巷を走り狂い、いまもなお、ときたま、余燼ばくはつして、とりかえしのつかぬことをしてしまうのである。どうにでもなれと、一日一ぱいふんぞりかえって寝て居ると、わが身に、慈眼の波ただよい、言葉もなく、にこやかに、所謂えびす顔になって居る場合が多い。