Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lisez 万葉秀歌 (まんようしゅうか) de 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 213 820 caractères · 427 écrans

Aozora Bunko

ただ、燈・美夫君志等は意味を違えて取った。

さて、結句の「清明己曾」をアキラケクコソと訓んだが、これに異論を唱える人は、万葉時代には月光の形容にキヨシ、サヤケシが用いられ、アカシ、アキラカ、アキラケシの類は絶対に使わぬというのである。成程万葉集の用例を見れば大体そうである。けれども「絶対に」使わぬなどとは云われない。「日月波、安可之等伊倍騰、安我多米波、照哉多麻波奴」(巻五・八九二)という憶良の歌は、明瞭に日月の光の形容にアカシを使っているし、「月読明少夜者更下乍」(巻七・一〇七五)でも月光の形容にアカリを使っているのである。平安朝になってからは、「秋の夜の月の光しあかければくらぶの山もこえぬべらなり」(古今・秋上)、「桂川月のあかきにぞ渡る」(士佐日記)等をはじめ用例は多い。併し万葉時代と平安朝時代との言語の移行は暫時的・流動的なものだから、突如として変化するものでないことは、この実例を以ても証明することが出来たのである。約めていえば、万葉時代に月光の形容にアカシを用いた。

次に、「安我己許呂安可志能宇良爾」(巻十五・三六二七)、「吾情清隅之池之」