Classiques japonais avec furigana
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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
Lisez 山の人生 (やまのじんせい) de 柳田 国男 (やなぎたくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 116 022 caractères · 226 écrans
算えた数字でないことはもとよりの話だが、この点はすこぶる足柄山の金太郎などと、思想変化の方向を異にしているように思われる。いわゆる大山祇命の附会が企てられた以前、山神の信仰には既に若干の混乱があった。木樵・猟人がおのおのその道によって拝んだほかに、野を耕す村人等は、春は山の神里に下って田の神となり、秋過ぎて再び山に還りたもうと信じて、農作の前後に二度の祭を営むようになった。伊賀地方の鉤曳の神事を始めとし、神を誘い下す珍しい慣習は多いのであるが、九州一帯ではこれに対して山ワロ・河ワロの俗伝が行われている。中国以東の川童が淵池ごとに孤居するに反して、九州でミズシンまたはガアラッパと称する者は、常に群をなして住んでいた。そうして冬に近づく時それがことごとく水の畔を去って、山に還って山童となると考えられ、夏はまた低地に降りくること、山の神田の神の出入と同じであった。紀州熊野の山中においてカシャンボと称する霊物も、ほぼこれに類する習性を認められている。寂寥たる樹林の底に働く人々が、わが心と描き出す幻の影にも、やはり父祖以来の約束があり、土地に根をさした歴史があって、万人おのずから相似たる遭遇をする故に、かりに境を出るとたちまち笑われるほどのはかない実験でもなお信仰を支持するの力があった。