Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

ja-reading.com

Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

しほんたいへいき

私本太平記(五)

吉川 英治

Lisez 私本太平記(五) (しほんたいへいき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 252 330 caractères · 505 écrans

Aozora Bunko

六十六人にてふさがりなむ

一郡づつといふも

日本は五百九十四郡

五百九十四人に終りなむ

その北畠親房の書は、べつのところで、こういう論旨をも述べている。

「――北条の末路は、天運が極まったもので、人力ではない。その運を開いたのは、朝威であった。それを武士どもは、自分の力のように思っている。そもそも、武士はどういうものかといえば、元来、代々の朝敵である。それなのに、はからずも天皇のお味方に参じ、その家々を失わないですんだだけでも、皇恩というべきだ。しかるを、多少の忠をいたし、労を積んだからといって、功にほこり、恩賞の不足を鳴らすなど、怪しからんことといわねばならん」

これは「神皇正統記」の著者ひとりの考え方ではなかった。当時の公卿思想そのものを代弁したものといってよい。

武士は、武士大衆の自力を信じ、公卿は公卿で、御稜威に帰した天下であるとし、それはわが世の春だと思っている。

真っ向、利害も理想も、武士大衆とは、根本からちがっていたのだ。――得意絶頂にある朝廷方は期している。――これからは、頼朝や北条幕府のごときものは絶対につくらず、万機、天皇の直裁とし、遠い延喜、天暦の制に復古する以上、もっと積極的に、後世の新例をどしどし立てて行くべきである、と。