Classici giapponesi con furigana
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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
Leggi 夏の花・心願の国 (なつのはな) di 原 民喜 (はらたみき) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 152.816 caratteri · 310 schermate
彼は書斎のスタンドを捻り、椅子に凭掛ったまま、屋根の上を流れる雨の音をきいていた。病室の妻や、病院の姿が、真暗な雨のなかに点る懐しい小さな灯のようにおもえた。
ながい間、書斎の壁に貼りつけていた火口湖の写真が、いつ、どこへ仕舞込んでしまったものか、もう見あたらなかった。が彼はよく、その火口湖の姿をおもい浮べながら、過ぎ去った日のことを考えた。それは彼が妻とはじめてその湖水のほとりを訪れた時、何気なく購い求めた写真であった。毎朝その写真の湖水のところに、窓から射し込む柔かな陽光が縺れ、それをぼんやり甘えた気持で眺める彼であった。……彼は山の中ほどで、息が切なくなっていた。すると妻が彼の肩を軽く叩いてくれた。それから、ふと思いがけぬところに、バスの乗場があり、バスは滑らかに山霧のなかを走った。――それはまだ昨日の出来事のように鮮かであった。だが、二度目にひとりで、その同じ場所を訪れた時の記憶もヒリヒリと眼のまえに彷徨っていた。みじめな、孤独な、心呆けした旅であった。優しいはずの湖水の眺めが、まっ暗な幻影で覆われていた。殆ど自殺未遂者のような顔つきで、彼はそのひとり旅から戻って来た。