Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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ふくざわせんせいのしょせいしゅぎとわがはいのしょせいしゅぎ

福沢先生の処世主義と我輩の処世主義

大隈 重信

Leggi 福沢先生の処世主義と我輩の処世主義 (ふくざわせんせいのしょせいしゅぎとわがはいのしょせいしゅぎ) di 大隈 重信 (おおくましげのぶ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 5054 caratteri · 11 schermate

Aozora Bunko

我輩の日常生活

当世流と我等が感想

我輩の日常生活

それであるから我輩の日常生活も大分先生に近いものになっている。もっとも我輩は子供が少ないのに先生は子供が沢山あるのだから、親子団欒の楽しみを先生同様にやる訳には行かないが、あったら必ず同一だろうと思う。それに先生は教育家で、何方かといえばじみな商売、我輩は政治家で本来華手な商売であるから、他人からの見た目は非常に違うが、その行き方は恐らく少しも違わない。先生が虚飾を排して玄関前にも勝手元も同一様であれば、我輩もまたその通りだ。ただ先生のはすべてじみであるが、我輩のは玄関前も勝手元も打抜きの華手であるのだ。これは外面の差で性質上の差ではない。彼の表面倹約を装うてその実卑吝貪欲の行為を成し、人の前では正直そうにして隠れた所で悪事を働くなどは、我輩も先生も断じて取らぬところの行動である。

当世流と我等が感想

ところで眼を翻えして現代を観ると、世の横着者どもが社会に対しても個人に対しても悪いと知りつつ、いいたい事を我慢して好い加減な事をいっておいて、自分一人が好児になろうとしている。これが抑々当世流の処世法でその方が世渡りには都合がいい。まあこれが普通一般の処世法であろう。