일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

風巻 景次郎의 中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,977자 · 230화면

아오조라 문고

元久二年、都では『新古今集』の竟宴が終ったのち、閏七月、時政はまた妻の牧の方という女傑と共謀して、女婿平賀朝政を将軍に立てようとし、十四歳の実朝を仆そうとした。このことが未然に顕われたので、政子の母性愛が実朝をかばった。政子は北条義時と兄弟力をあわせて一網打尽に関係者を検挙し、父時政を幽閉し、京にいた朝政は敗死した。その後直接この少年実朝にふりかかる危害はなかったが、執権北条氏の実力扶殖は着々進行していた。源氏重代の家来たち、和田・三浦・畠山・比企・朝比奈・宇都宮などの諸豪族は北条氏に対する反感を深くしているのに乗じ、種々策謀して、次々に叛旗を翻させては次第にこれを滅して行った。そうした政治的な殺戮の中にとりかこまれて生長したのだから並々の生涯ではない。

建保四年六月、実朝二十五歳である。東大寺の大仏修理をした宋人陳和卿が来た。実朝に謁して前生は宋の育王山の長老だといって涕泣した。それに心を動かされ、大船をつくらせて、入宋しようとしたが、船が進水しなかったので、その望みは空しくなった。

建保六年、二十七歳の年、正月には閑院内裏造営の恩賞として権大納言、三月左近衛大将、十月内大臣、十二月右大臣に昇り、この年母政子も従二位した。