후리가나로 읽는 일본 고전
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ぎじゅつのてつがく
技術の哲学
戸坂 潤
戸坂 潤의 技術の哲学(ぎじゅつのてつがく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,443자 · 164화면
ハイデッガーの『形而上学』に於ては、実証的・技術的な実験も検証も問題になり得ない。そればかりではなく現象学に固有であるべき直観的・感性的な明証さえがそこでは欠けているのである。
自然に対する能動的な人間の働きかけ、この実践から出発し、結局に於いて又いつもそこに立ち帰ることを約束している処の、技術的範疇体系は、決して、解釈哲学の体系のように得手勝手でもなければ、無政府的でもあり得ない。それは一義的で唯一な体系をなす。そういう技術的範疇体系として吾々は弁証法的唯物論の範疇体系を有つのである。之は云わば「技術的イデオロギー」を結果する。実際人々は、技術的イデオロギーを軽蔑するために、唯物論という都合の好い言葉を用意してさえいるのである。
だが次に大事な問題は、こうしたブルジョア哲学が、単にブルジョアジー・プロパーの哲学には止まらないということである。それからまた、哲学は単なる哲学には止まらず、凡てのイデオロギー分野の夫々の事情に即しながら自己を貫徹するという関係である。
わが国のブルジョアジーが自分自身でかつて清算し切れなかった封建的遺物を、改めて逆に利用し始めた時と共に、わが国のブルジョア哲学は、この社会的(?)需要に応ずるために、その一部分を、ファッショ哲学として発展させなければならなかった。