일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 180,256자 · 361화면

아오조라 문고

その日。

三十余人に減った人数をまとめて、百月川の谿谷から挙母の宿場へと下った。宿場の外れに野営して、翌日、岡崎の城下へ使いを立て、通行の許しを得、そこを立ったのがすでに遅かったので、岡崎の城下を通ったのは、もう夜半近くだった。

街道すじへかかると、国々の出城本城などのほかに、柵や砦も、鼻のつかえるほどある。人数を率いて、通行のできない要所もあるし、日数もかかる。

で、矢矧川を舟で下り、大浜から半島の半田へ上がる。そして常滑からふたたび舟便で海をよぎり、蟹江川を溯って、蜂須賀村まで帰ろうという道どりを取ったものである。

ところが。

矢矧川まで出てみると、夜半でもあったが、舟は一艘もなかった。

橋もない。

水瀬は早く、川幅は二百八間とかいわれている。建武の年の新田足利の合戦をはじめ、岡崎の要害として、ここはいくたびか古戦場となって来たし、今も――つい数年前には、織田信秀と、松平家の軍とが、大戦の血をながし、天文十四年から十六年にわたる合戦の果て、織田の尾州勢が大敗して退いた所である。

太平記印本には、

=矢矧川の橋を引き、楯を掻てふせぎ戦ひける

と、あるから、遠い昔や、江戸の治世になっては、諸人往来のため、二百八間の大橋が架っていたものとみえるが、その年、天文二十一年の夏の頃には、まだまだこの地は、乱世乱麻