일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

ここは根本的に大事な点である。

近代哲学の考え方では、主観と客観との対立から出発して存在を考えて行くが(そして田辺哲学は結局こういう出発の仕方の後仕末をつけようとしたものだが)、西田哲学はもっとヘーゲル的であり、或いはもっとアリストテレス的であると云っていい。というのは、存在を判断に於ける限定の関係から把握しようとするのである。そうすれば存在に考えられるものは凡て一般者の自己限定でなければならない。判断に於ける限定は判断的一般者の自己限定だったのである。一般に、在ると考えられるものはこの種の一般者に於てあるものであり、場所に於てあるものなのである。だが判断的一般者がどれ程自己限定をして行っても、遂に個物(個体)には到着出来ない。なぜなら個物は逆に一般者を、云わば個物の環境を、限定出来ねばならぬ(動く・働く)筈だから。で個物が考えられるためには(そして個物は実は今の場合、後に個人的自己と考えられるものの水先案内者に他ならぬ)、この判断的一般者では不足であって、それが新しい一般者にまで超え、之によって裏づけられてなければならぬ。そういう一般者が自覚的一般者であり、その自己限定として初めて個物というものの意味が考えられる。