후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면
同様にして更に行為的一般者(ノエシス的)乃至表現的一般者(ノエマ的)の自己限定が考えられる。処で、上にある一般者は底にある一般者の自己限定と考えられるわけであるが、それでは、最後の底にある一般者は何の一般者の限定であるか。最後の一般者と雖も一般者と考えられ得る以上限定されたものであり、ある処のものである、それは最後の有である。だがそういう有の一般者が限定である限り、之を限定するものが考えられねばならぬ。処でそれは最後の有より一枚彼岸にあるのだから、もはや有ではあり得ない。底には何もない、何も無くて而も限定しなければならぬから、無にして限定する無の自己限定が考えられなければならない。場所とは無の場所だったのである。
無にして限定するということが実は自覚ということの、意識ということの、意義である。でここで問題は、主観と客観との関係に接近するのであるが、自覚・意識は一方に於て無の限定であり、他方に於て併しながらそれであるが故に初めて有(存在)であることが出来たのだから、同時に二つの面を直接に重ねて持っているわけで、前者を西田哲学はノエシス面、後者をノエマ面と呼び慣わしている。