일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

「原理の学」である哲学がそれを必要とするのか。では哲学というものは例の原理問題を取り扱いたいばっかりに、現実のA→Bという運動も、解釈上のB→Aという観念的運動も、何でもいいただ一緒にさえすればいいのであるか。そうしないと現実の運動A→B自身さえが理解出来ないと氏は云うらしい。全体の立場に立って初めて個性も本当の個性として理解出来ると。なる程そうである。だが、現実の運動A→Bが、観念的運動B→Aと並べられることによって実際には何の得をするのであるか。精々が現実の秩序にぞくするA→Bが、解釈の秩序にぞくするB→Aと並置されることによって、現実性の原理を去勢されて可能性の原理にまで還元されるのが落ちだろう。この際得をするのは、与えられた現実の問題、運動A→Bではなくて、勝手に静止の方が好きで、そういう好みの我を張ることだけが仕事であるように見える、全体性の原理自身でしかない。

運動と静止とは、教授が愛好する高次の静止の立場に於て救われるのではない。この運動自身と静止自身との何かの(吾々は之を弁証法的だと云うのだが)連関によって救われるのである。その連関が即ち静止ではないか?と、否その連関は今も云った通り何も静止である必要はなくて、正に他ならぬ静止と運動との連関なのだ。