후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면
文学的自由主義者によると、人間と人間とを結ぶ政治と云ったようなものには、主観的な根拠しかあり得ない筈であった。何故なら、人間と人間とを結ぶ客観的な関係は第一義的に実在的ではあり得ないというのだったから。そうすると彼等によれば、政治というのは人間的な(或いは人間学的な?)カケヒキや策動の心事以外の何物をも意味し得ないことになる。彼等はこうした人間的心事を、少くとも自分の場合に就いて云えば、客観化し対象化し、即ち暴露するのが嫌だから、従って当然、自由主義者は政治が嫌いになり、或いは政治を嫌う義務を感じるということにもなるのである。
だが元来がセクト的傾向のある文学的自由主義者は、必要に応じては、例の心事的な主体的な意味での政治をそのセクト的傾向に結びつける必要を感じなくてはならぬ。そして実際、それは極めて容易に出来ることなのだ。その時文学的自由主義者は最も理想的な真正のセクト主義者として立ち現われることが極めて容易になる。セクト主義者の政治はいつも併し、機会主義(オッポチュニズム)であって、そういうオッポチュニズム以外に、文学的自由主義者は「政治」