일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면

아오조라 문고

文化的自由主義の弊は、それが自分の自由主義としての一般性を装うために、道徳的範疇としての自由主義なるものを利用して、之を道徳的自由主義にまで植えかえることである。文化的自由主義は、道徳的自由主義に変質する。それはもはやただの文化に於ける自由主義ではなくて文化主義的自由主義にまで居直る。之は広義の文学者の意識に於て往々見受けられる形跡だから、私はかつて之を文学的乃至哲学的自由主義と呼んだ(一一、一五参考)。

さてこうして、自由主義の「文学的」な哲学体系が初めて成立する。文化的自由主義は自由主義の一部面乃至一部分の名に過ぎなかった。処がこの一部面一部分が独立を宣言し、自由主義全体の統一運動を始める時、それは自由主義全般に対する一つの主義・一つの哲学的態度・を意味することになる。ここに初めて「自由主義の哲学」(但しその一半の場合で他の場合は後で書くが)が発生する。ここでは哲学的範疇の代りに文学的な範疇が使われる(これに就いては既にこの書物で説明した――一一)。それが文学主義的な自由主義哲学たる所以である。例えば今日の文芸的評論に於ける各種の人間主義が私かにこの自由主義哲学に基いているのであって、もしこの自由主義哲学から政治的な帰結を惹き出せるとしたら、その政治的結論は推して知るべしなのである。