후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本イデオロギー論(にほんイデオロギーろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 263,376자 · 511화면
それだけではなく、観念論的な哲学概論によっては勿論のこと、唯物論的な哲学教程によってさえも、この観念を実際的な現下の社会的意義の下に充分捉えているとは云えぬかも知れない。具体的な点は段々見て行くとして、少くとも観念論と唯物論とが、単に世界観であるばかりではなく、之と連関して同時に論理であるということを、世間はあまり知ってもいないし考えてもいない。之はつまり、思想というものをただの観念か何かと考えている常識に由来することだが、思想というのはただ或る観念を所有したり之を振り回したりすることではなく、実際をよく見ると判るように、或る観念を推し進めて行くことによって之を使うことをいうのだ。思想とは観念成長の組織機構を意味するのである。この組織が広く論理と呼ばれるものであって、そこに思想の貞操とか貫徹性とか徹底性とか党派性とかいうものも横たわる。ヘーゲルなどは之を「推論」という言葉で云い表わした。この論理の用具がそして範疇組織というものなのである。――で思想はこうして世界観から始めて範疇組織までを含まなければ成り立たないのがその実際だ。もし思想家というものがあるなら、夫は思想のこうした組み立てを身につけた者のことで、ただの観念を所有することなら子供でも狂人でも出来るだろう。